坂上康博教授/來田享子教授編著「東京オリンピック1964の遺産」-坂上教授オリジナルコメント付き
2022/01/17
スポーツ史、スポーツ文化論が専門の坂上康博教授と中京大学スポーツ科学部教授 來田享子氏編著の「東京オリンピック1964の遺産 成功神話と記憶のはざま」が青弓社より2021年12月28日に発売されました。
坂上康博教授のオリジナルコメントで本書をご紹介します。
「東京オリンピック1964の遺産」についての個人的所感 / 坂上康博
「やはりオリンピックは、やってみてよかったようだ。富士山に登るのと同じで、一度は、やってみるべきだろう。ただし二度やるのはバカだ」。芥川賞作家の菊村到は、1964年の東京オリンピック閉会式当日の『読売新聞』に掲載された随想の中でこう言っている。なぜ「バカ」なのか? 誰一人その理由を考えることもせず、こうした批判が渦巻いていた当時の状況をふり返ることもしないまま、つまり過去を封印したまま、二度目の東京オリンピックがコロナ禍で開催された。
1964年の東京オリンピックは、戦後の高度経済成長と一体となった輝かしい成功譚として物語化され、「成功神話」として称揚されてきた。「神話」にとって不都合な事実は歴史から消去される。菊村の言葉もそのひとつだ。神話化されバラ色に染まった五輪像ではなく、負の側面もきちっと掘り下げ、教訓を引き出せるような真っ当な歴史像を提示する必要がある。本書の第3章「忘れられた遺産――文学者たちの東京オリンピック批判」を書いたのはそんな思いからだった。
ところが、終章「対談:1964年大会と2020大会を双報告で捉え直す」では、それとは真逆のことを熱心に語っている自分がいる。2つの東京オリンピックを比較し、2020大会の特徴や歴史的な位置についてあれこれ語っているうちに、1964年大会のプラスの側面が次々と浮かび上がってきたからだ。たとえば平和運動という五輪の理念の遵守、商業主義や政治介入への対抗姿勢、経済的自立の模索、開催経費の全貌の公開、学問的な知との融合。これらを比較してみると、1964年大会の方が2020大会よりもはるかにすぐれている。
2つの東京五輪の比較、つまり「過去との対話」によって見えてきたものは、この57年間でオリンピック運動が、そして日本のスポーツ界や政治がいかに変貌したか、ということなのだ。それは自分にとって予期せぬ新鮮な発見であり、歴史研究というものの醍醐味を味わった瞬間であった。
坂上康博
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本書詳細は青弓社ウェブサイトをご覧ください。